2005年3月アーカイブ

THE ART OF TEA by Michael Franks(1975)

2005年3月20日 23:05 | A.O.R. | コメント(0) | トラックバック(2)

今日から新しいジャンルとしてAORをはじめます。AORとは、Adalt Oriented Rockの略で、主に70年代から80年代のポップスとソフィスティケートされたロックが癒合したような大人しめのロックというか、おしゃれなロック・ポップというか、そんな風なものです。ちょうど、JAZZがフュージョンに移行し、ポップス、JAZZ、ロックの垣根が取っ払われたころの音楽を、後に AORと称して、レコード会社が宣伝したのです。ですから、まあ、70年80年代の軽めのロックと思っていただいて問題ありません。

で、トップ・バッターは・・・ちょっとはずしてマイケル・フランクスの1975年のアルバム「アート・オブ・ティー」です。ちょうど高校3年になった頃だったでしょうか。当時付き合ってた彼女に教えてもらったのがこのアルバムでした。その頃の私は、どちらかといえば名残りのハードロックやサザンロック、ウェストコーストなどを聞いており、このマイケルのちょっとふにゃっとした歌い方と、ジョーサンプルのキーボード、ラリー・カールトンのJAZZYなギターに、なんだかすごく大人の世界を垣間見たような気がしたものです。というか、その頃の私と比べて、彼女はなんて大人だったのでしょう・・・

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春の海

2005年3月10日 20:16 | 今日の一休み | コメント(0)

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「春の海 ひねもすのたり のたりかな」有名な与謝蕪村の一句ですねぇ。海上保安庁の「くりなみ」が、穏やかな春の海に停泊していました。いや、別に不審船を追跡したとか、有名な船でもなんでもなくて、お昼に時間をつぶしてるときのワン・ショットです。遠くのサンポートも、春にかすんでいます。

グスタフ・マーラー 交響曲第6番 イ短調 (1905年)

2005年3月 8日 23:38 | CLASSICS | コメント(0)

1897年 ウィーン宮廷歌劇場監督就任
1898年 ウィーン・フィルハーモニー指揮者に就任
1900年 第4交響曲作曲
1901年 アルマ・シンドラーとの出会い
1902年 第5交響曲完成
    アルマ・シンドラーと結婚 長女誕生
1903年 ウィーン音楽院時代からの親友フーゴー・ヴォルフ死去
1904年 第5交響曲初演
    次女誕生

いきなり、年譜を載せました。これまで、マーラーの第1から第5までをご紹介してきましたが、実は現在私が最もお気に入りの第6交響曲をご紹介するにあたり、この曲が作曲されたころのマーラー及びその一家の様子をお話したほうがよいと思ったのです。この曲は1903年から1905年にかけて作曲されました。当時、前記のようにマーラーは、19歳年下のアルマとの電撃的な婚約・結婚をし、また長女・次女とつぎつぎに誕生し、金銭的にも精神的にも充実した日々を迎えます。特筆すべきはやはり、アルマを口説き落とし、結婚にいたる道のりでしょう。

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帰郷しました。

2005年3月 7日 01:20 | 今日の一休み | コメント(0)

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ちょっと私用で帰郷してました。春にはまだ早く、朝、小雪がちらついていましたが、午後には雲も晴れ、春の日差しが・・・健やかに季節が過ぎることは、なんと幸せなことなのでしょう。

DEEP PURPLE / COME TASTE THE BAND (1975)

2005年3月 4日 02:04 | ROCK | コメント(0)

前回のツェッペリンに引き続き、歴代ハードロック界の大御所パープルの登場です。が、しかし、私のお勧めは「マシン・ヘッド」でも「ライブ・イン・ジャパン」でもなく、「カム・テイスト・ザ・バンド」です。(ああっ、座布団を投げるのはやめてください)

前回もお話したように、我々の神様は「クラプトン」であり「ジミー・ペイジ」であり、そしてパープルの顔「リッチー・ブラックモア」であり、特にリッチーはフェンダー大好き人間だけでなく、多くのギターフリークをコピー少年へと引きずりこみ、多くのストラトキャスター、もしくはそのコピーモデルの販売に助力したものです(笑)。彼の腰のあるフレーズは、そのまま「ブリティッシュ・ハード・ロック」の代名詞と呼んでもよいと思うのです。

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LED ZEPPELIN / PRESENCE (1976)

2005年3月 2日 22:47 | ROCK | コメント(0)

いきなりの、ツェッペリン、いきなりのプレゼンスです。またまたの昔話、私が中学生のころ(ということですから今から10年ほど前!?)カウンターカルチャーとしてのブリティッシュ・ロック・イノベーションがありました。ストーンズ、パープル、ツェッペリン、またキング・クリムゾン、イエスやピンク・フロイドなどなど。ちょうどアメリカは空前のポピュラー音楽席捲状態だったころですねぇ。ビートルズとか土着の(?)ビーチボーイズとか・・・で、当時ロック少年であった私は、小分類としてはギター少年でして、当時の僕たちの神様といえば「クラプトン」「ジミー・ペイジ」「リッチー・ブラックモア」。そしてその伝道者が「渋谷陽一」さんだったりしました。彼の言い方では、「レッド・ツェッペリン」は音が下がる読み方でなくマッ平らな「ツェッペリン」、「ディープ・パープル」はこれもマッ平らな「パープル」。仲間内ではまねをしてこう呼んでいたものです。

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