「事実に真摯に向き合う心」

2005年9月21日 22:51 | COLUMN

THE CANNONBALL ADDERLEY QUINTET IN SAN FRANCISCO (1959)

今日は私用でお休みをいただいておりました。一部のお客様には大変ご迷惑をおかけしました。夕方には仕事に復帰しようと目論んでおりましたが、諸般の事情もあり結局スイッチを「OFF」にしたままと相成りました。お休みと言っても、朝7時半に親にたたき起こされ、一日中結構なハードワークでした。でも、面倒だななどと思わずに一生懸命やれば、結構ストレス解消になったりするし、終えた後の充実感爽快感はなかなかのものです。皆さん、目の前に積まれた仕事を義務などと思わずに、進んでやってみましょう。あとにはのど越しさわやかな爽快感が待っているはずですよ!

さて、今日は衆議院選挙後の国会召集。夕方のニュースでもその話題が取り上げられていましたが、とある民放のアナウンサーが・・・
「(放送エリアの)地域選出の議員は○人、地元のために是非がんばっていただきたい!」
???国会議員というのは国政を行うための職であり、そもそも国会とは立法府のはず・・・昭和30年代ならいざしらず、どういう主旨の発言だったのでしょうか?がんばって、相変わらずどんどんと地元に、経費だけかかる箱物でも作って欲しいと思っているのでしょうか?単に「がんばって欲しい」というエールが目的なら、無神経で傍若無人な話ですねぇ。

そもそもニュース番組とは事実を報道し、それを正しく理解できるように解説するまでが役目のはず。最近は、やたらとソフト化というか企画化してしまい、中央民放のショー番組モデルを真似して、予算も人材も準備もない状態で、ポリシーもモラルもなくやってはいないでしょうか?そして我々視聴者も、「事実は小説より奇なり」などと、ニュース番組に娯楽を求めたりはしていないでしょうか?かつて久米さんの報道番組で、彼の独特のスタンスと毒舌がなかなか痛快だったからと言って、報道番組のスタンスがすべてそれに迎合するようなことがあってはいけないと思うのです。いたずらに激情に身を任せるような軽率な行動が、そのまま公共の電波によって流布される。視聴率だけを競い合う、くだらない最近の企画番組ならいざしらず、放送の本来持つ、「報道」の意味をもう一度我々ひとりひとりが考え直す必要があるのではないでしょうか?そうでないから、個人情報の時の報道規制云々のときも、我々には絵空事にしか写らないのです。ブロードウェイなら、「人生はショーそのもの」かもしれませんが、今の日本人に足りないもの、忘れてしまっているものは、「事実に真摯に向き合う心」ではないでしょうか?私自身も、反省・・・

今夜はキャノンボールのシスコにある「The Jazz Workshop」でのライブアルバム。マイルスのモードもとでオリジナリティを模索した後、弟のナットのコルネットと演じるのは彼の新世界「ファンキーJAZZ」。全曲、クール発祥の西海岸でのホットでネイティブな「ファンキー」の嵐。お勧めは5曲目の超高速「BOHEMIA AFTER DARK」、そしてファンキーチューンの6曲目「STRAIGHT,NO CHASER」。これは1年前のマイルスのアルバム「MILESTONES」の彼自身のプレイと聞き比べると面白いかも。時代はこうして60年代へと突入してゆきます。「SONMETHIN' ELSE」のキャノンボールしか知らないアルト・サックスファンへ。

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