「駿河大乱」

2007年2月 5日 23:59 | COLUMN

新しい一週間です。月曜日は、はいそうですね、社内清掃に朝礼、運営会議。今日の御題は「私の善」、「膳」でも「禅」でもありませんね。そうです、「善光寺」も「善通寺」も関係ありです。午前中は前回に引き続き下期の戦略検討のための臨時運営委員会。結果はまたいずれお披露目いたします。午後からはサポート1件にお得意様訪問2件。夜はWebディレクション講座。生徒さんは皆さん、熱心です。私もがんばります。

昨日の大河ドラマ、タイトルは「駿河大乱」。史実でいうところの「花倉の乱」のお話です。ドラマではわかりにくかったのですが、1526年に今川氏親が亡くなると、当時14歳の長男氏輝が家督を継ぎます。で、当主が年少なのをいいことに実権を握っていたのがテリーさん演じる福島正成。実力はあったが、目に余る横暴さだったようです。義元は梅岳承芳という法名で、雪斎の指導の下、論語・孟子、古事記やら平家物語やら・・・。孫子の兵法なども学んだとされ、武田信玄は年上のこの義元から影響を受けたとも言われています。孫子の兵法には以下のくだりがあります。

戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。

かくして、氏輝と上位継承者である弟の彦五郎が急死すると(福島氏に暗殺されたという話もありますが・・・)、福島正成、がぜんやる気を出し、血筋に当たる良真(玄広恵探)を擁して、今川家の当主を名乗り、「花倉城」に立てこもります。困り果てた義元(ドラマでは終始、怪しげな薄笑いをしていましたが)に、雪斎が諭します。「敵の敵は味方と、いいますな・・・」かくして、義元は信虎と福島正成討伐の和議を結びます。

当の勘助は一体何をしておるのじゃ? 武田の間者でありながら、今川家の仕官を望み、信虎を倒すという私情にして大望をいだき、右往左往しておるではないか・・・。困ったもんじゃ・・・。しかも敗走する福島氏を追い詰めた勘助は・・・。って、おい、確かにおぬしの戦(いくさ)の原理は、摩利支天の妻の復讐かもしれぬが・・・。やはりそれだけの器であったのか・・・。最後に「山本家を継いだ・・・」というナレーションで、なんとか武士の対面を保てはしましたのじゃが・・・。って、いつのまにか「じい様ことば」になってしまいました。次回をお楽しみに!

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