ロベルト・シューマン ピアノ協奏曲 イ短調 作品54 (1845)

2007年3月29日 17:09 | CLASSICS | コメント(0)

シューマンといえば以前にも「詩人の恋」を紹介しましたが、歌詩人とよばれるほど歌曲が有名です。もともと大学で法律を学んでいた彼がベートーベンに感化され、ピアニストになろうと決心し、後の夫人クララの父フリードリヒ・ヴォークに弟子入りするのが20歳の時。しかし2年後には指が動かなくなるアクシデントで、ピアニストの道をあきらめます。その後、音楽評論家の道に進み、当時若き無名のショパンについて「諸君、帽子を取りたまえ、天才だ!」と評して彼の名声に一役買ったのは有名なお話。ブラームスも彼の評論によって名声を得た一人でした。

かつての師であるヴォークの娘で当時ピアニストとして有名だったクララと恋に落ちたシューマン。裁判沙汰にもなって父親の猛反対を受けながらも、1940年、30歳の時に晴れて結婚。クララ21歳でした。クララとの結婚と共に作曲家としての円熟度もまし、結婚の年には「歌の年」と呼ばれるほど沢山の歌曲を世に出します。彼は生涯に270曲の歌曲を書いたのですが、その半分がこの年に作られたといわれています。そんな彼が結婚から5年後の1845年に、メンデルスゾーンの協奏曲を聴いて大きなショックを受け、彼に負けないコンチェルトをと書き上げたのが今日ご紹介するピアノ協奏曲イ短調です。

クララに、「私は技巧をことさらひけらかすような、名人ピアニストのための曲は書きたくない」と語ったシューマンの生涯たったひとつのピアノ・コンチェルト。特徴的なイントロから始まる第一楽章は、華やかさの中に充実した渋さが同居し、また彼の特徴である秘めた情熱のほとばしる美しい調べが続きます。この第一楽章はそもそもクララの為に作った幻想曲がベースになっており、後にノイローゼで自殺未遂をする不安定な精神が持つ、彼らしいまさしく幻想的な愛の調べとなっています。

「間奏曲」と題される短い第二楽章は、穏やかに浪々と歌い上げられます。続けて演奏される第3楽章は、終楽章らしい艶やかで浪々と流れてゆきます。シンフォニー自体は確かに弱いのですが、交響曲作家ではない彼らしい、ピアノをしっかりと聞かせるこの協奏曲は、ロマン派代表作の一つといえます。初演は翌年の1846年、クララのピアノ演奏によって行われました。

アルゲリッチはその強靭かつ奔放な情熱のほとばしるロマンティックなタッチで、シューマンのクララへの思いを弾ききっています。オケはヨーロッパ室内管弦楽団、指揮はニコラウス・アーノンクール。バックハウスやボレットの名演も有名です。

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