2007.05.02

COLUMN

風林火山 その3

風林火山。武田の諏訪攻略もひと段落です。ここのところ数週間を見られた方は、勘助の言動に疑問を感じた方もいらっしゃるのでは?という私のその一人なのですが・・・。

疑問その1:勘助の由布姫に対する思いの真意は?

勘助が由布姫に引かれていたことは間違いないでしょう。しかし身分の違いはどうしようもない。彼がミツの面影を彼女に見出したとは思えないのですが・・・。摩利支天云々もしかり、これらはあくまでも脚色ですよね。単に惚れた女を見殺しに出来なかった、そんなところではないでしょうか?そもそも史実では、勘助がこの一軒に関与したかどうか、定かではありませんし・・・。

疑問その2:勘助の女性観とは?

勘助は一応武家の生まれですが、それほど教養があったとは思えません。歌を詠むような雰囲気でもないし、そういうシーンもありません。感情豊かで情緒のある人間ではなく、ひどく不器用な「武士」でしかなかったような気がします。で、彼は若くしてミツに出会い、ミツは彼の子供を身ごもったまま殺されてしまうわけですが、それで世を儚んで出家しようなどとは思わない。あくまでも腰に下げた刀に頼って生きようとするわけです。戦国時代版ターミネーターですよね!本能的な部分は別にして、彼が女性というものに特別な思いを抱いていたようには思えないのです。

疑問その3:由布姫を側室に迎えるという武田晴信の思いは?

この辺の脚色も微妙でわかりにくいのですが、由布姫が側室になりその子勝頼が信玄の跡をついで武田家第20代当主になるわけですから、どの程度由布姫に信玄(晴信)に対する激しい怒りがあったのかは不明です。もちろんその子勝頼には「信」ではなく諏訪の「頼」をつけたくらいですから、禰々の子寅王ではなく勝頼に諏訪家を継がせる思いがあったとも思われます。実際、禰々没後の寅王の消息は不明です。まあ、正室三条の方との息子たちの出来も悪すぎたんですよね。晴信26歳、由布姫15歳、幼子たちの思いや如何にでしょうか?

疑問その4:何故、諏訪は滅ぼされることになったのか?

そもそも下克上を嫌い、武田に反旗を翻した諏訪頼重が自刀の憂き目にあったのは当たり前のことですよね。それとも、頼重は禰々との政略結婚の功を奏すことを期待していたのでしょうか?それではあまりに君主として凡庸です。というか、晴信は信虎以上に策士だったのかもしれませんなぁ〜。

結局、個人個人の思いや感情が、大きな歴史の流れ、それも激流の中に溺れ沈んでゆくわけで、それが一国の当主ともなると余計感情ではなく策で動かざるを得ない。そんな時代が戦国の世だったのでしょう。晴信の言葉にもありました。そんな時代に、非常に単機能で優れた「武士」「軍師」であったのが山本勘助その人だったのです。

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