2008.02.05

COLUMN

「人間は考える葦である」

昨日は(も?)私用でお休みをいただいておりました。ただ、夜には講師業があり高松に戻り、9時半まで。受講生の皆さんも、お疲れ様でした。休みと言っても、私も高速の往復に一般道1時間余りですから、私もかなりのお疲れではございました。

そんなわけで今日は週明け。お昼の同友会の会合をはさんで、あちこちお客様を訪問させていただきました。ありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。夜は、某会主催の「松下政経塾のひとづくり」という講演会に、お世話になっている大先輩にお誘いをいただき参加してまいりました。一方で参加できなかった同友会の皆さん、申し訳ありませんでした。

1時間半目一杯、素晴らしい内容の講演だったのですが、のっけから「ほーっ」と思ったのは、戦後教育に関するお話。戦後すぐの学校教育は、進駐軍によってそれまでの学校教育からかなり矯正され、特に「歴史」「修身」「宗教」を禁じたと言うお話です。

それらは、大戦中に「お国の為に命を惜しみなく捧げる」日本人を、アメリカが恐れたということでしたが、実際はアメリカナイズといいますか、日本を盟友とすべく、自ら抱く近代化への近道を指し示したものかもしれません。

その結果、現代はまさに「歴史」による日本人としてのアイデンティティを失い、「修身」による道徳心・倫理観を失い、「宗教」なき自己絶対・自己中心主義の蔓延を招いたということです。

ただもちろん、今の教育で得るものには必要なものも沢山あります。江戸時代でしょうか?「読み・書き・そろばん」と言われているものを現代の私たちは学んできました。ただ、学力偏重の環境の中で、教わらなかったこと、教えてくれなかったことも沢山あると思います。そう、チャイコが同性愛者だったとか、ダリとガラの話とか・・・。

私たちはまだいい。今の子供たちと比べれば、塾もなかったし、放課後や休日は家の手伝いをしたり、草野球とか友人と遊ぶ中でも、ある程度は社会勉強をしたように思います。また、完成品が少なかったから、いろいろと「考える」ことが必要でもありました。

ただ、学校教育にすべてを求めるのは、あまりにも人任せの無責任だと思います。とすれば、社会としての会社や、ボランティア、地域の活動などを通して、私たちはもっとほかのことを学ぶ必要があると思います。

それは「歴史」や「修身」「宗教」かもしれませんし、講演の後半で出てきた「心の成長」や「知恵のススメ」かもしれません。そして、会社という環境を通して、社長以下社員全員が、仕事という社会貢献を通していろいろと学ぶ機会を持てれば・・・。

そんなことをあれこれ考えては空回り、2月第一週のスーパー・チューズデーが過ぎてゆきます。

志を教える―松下幸之助の人づくり
上甲 晃

致知出版社
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