2009.06.08

COLUMN

思わず建築探訪記?そして、今日を思う。

週末は片道1,000円(正確には割引が効いて900円)で高速を移動し、地元といえば地元である「鳴門市文化会館」へ行ってきました。

鳴門はこれまで、渦潮や瀬戸大橋を見に行ったり、どこかの社長さんと徳島ラーメンを食べに行ったことはあるのですが、「オロナミンCスタジアム」とか撫養町のこのあたりは始めてでした。

催し物が行なわれる会館に到着。と、その威風堂々とした建物に圧倒されてしまいました。

文化的な催し物、それはほとんどがゆるく柔らかいものなのですが、それを強固に包み守る外壁に配置された縦ヴォールトのコンクリートの板。まるで要塞です。

そしてこれが、ただの要塞ではなく人の柔らかさに関わることを暗示させるかのように、時折挿入された曲面の壁。

しかしその曲面の壁にもインディアンの証のような文様が描かれ、その向うにある空間の素顔を簡単に明かそうとはしていません。

この建物をひと目見て、かつて建築デザインを学んでいたことのある、私のかすかな記憶に浮んだのは、イタリアの建築家アルド・ロッシであり、彼の唱えた「新合理主義」であり、我々学生が呼んでいた「イタリア・ファシズム」でした。

[ ロッシの代表作のひとつ ガララテーゼ集合住宅 ]

集合住宅という「人の基本である暮らし」に対して用いられた彼のこのデザインは、あの頃の幼い私たちには「ファシズム」しかイメージできなかったけれど、今思えば理想郷としての社会主義的あるいは共産主義的な、つまりムッソリーニの対極にあるものなのかもしれません。

[ コルホーズ&ソホーズのように平等に並んだ平民たちの夢 ]

そしてこの文化会館で再現されたその「平民として等しく文化を受け入れ醸成する個と集合」のモチーフ(?)は、隣接する撫養川に向かって広がった親水公園のモニュメント壁でも繰り返されています。

ネットで調べてみると、この建物の設計は「増田友也 京大増田研究室+生活環境研究所」。ってことはこれはやはり古き良きマルキストの「夢の城」なのか・・・。

[ 有名なナチス党大会が行なわれたツェッペリン・フィールド ]

ただ、ロッシ色といいますか、イタリア的な遊びもあって・・・。

日本国徳島県鳴門市という島国の中の島国の最果てで繰り広げられる、イタリア新合理主義とファシズムのせめぎあい。しかしここはそれ以前に、地元住民たちのための施設です。

[ この建物にはそぐわないと、裏側にひっそりと配置されたマスコット・・・ ]

ベルリンの壁が崩壊し、ロシア社会主義が消えたあとの21世紀。かつて80年代に時の為政者たちからさずかったこの建物は、箱物主義的50年代体制を過ごした、ある意味20世紀のモニュメントでもあり、このシェルターで守るべきものを私たちが自ら手にし、根付かせ大切に育ててゆくことがこれからの私たちに大切なことであり、おそらくはロッシもそう思ったに違いありません。

そして私がここで感じたことがもうひとつ・・・

ロッシや増田、彼らの用いた手法、単純な形状の連続は、もしかすると時間の連続性、「ささやかな営みが永遠に続いてほしい」と願う、永続性への祈りをイメージしているのかもしれません。

しかし、振り返った過去、過ぎ去った時間だけを連続的に表現するのならまだしも、過去から未来へと続く時間の連続性を表現するには、どこかに「今」という過去でも未来でもない特別な、「晴れのイベント」が存在しなければなりません。

そのイベントというものが、この連続的なフレームの中で行なわれているはずの何がしかのイベントそのものをさすということであれば、それはあまりにも高尚すぎるメタファーだと思うのですが・・・。

ということで、単調でささやかなことを繰り返してゆくことが永遠につながるのではなく、やはり「今日」を「今日のイベント」で過ごすことが大切であり、永続性のためにこそ節目節目での出来事の大切さを感じました。

といいますか、昨日の小旅行そのものが、私にとっては2009年6月7日だけの特別なイベントだったわけですが・・・。

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