2010.02.26

Books

「痴人の愛」 谷崎潤一郎 著

就寝前に読んでいた「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の小気味よいロジカルな表現も、読み返すこと3回となると少し飽きてきて、またぞろ哲学の香りのする「失われた時を求めて」第2編「花咲く乙女たちのかげに」を最初から読み始め、なんとなく日本の古風な言い回しに触れたくて、本棚から引っ張り出したのは谷崎潤一郎の「痴人の愛」でした。

最初に読んだのは高校生の頃。1920年代の耽美主義も、当時の私には官能小説との違いがわかりませんでした。

「痴人」とは愚かで知性の無い人間のこと。30歳になる田舎出の主人公河合譲治は、15歳のカフェの女給ナオミを見初め、美しい容姿の彼女に知性と教養を植えつけようと引き取り、数年後には入籍をします。はたしてナオミは譲治の思惑通りの美と知性を兼ね備えた「ハイカラな」女となっていったのか?

naomi.jpg主人公自身、さして教養があるわけではありません。英語は少しできるようですが、文化や芸術のたしなみも知識も持ってはいない。ただ、何も持たない「痴人」ナオミよりも年配であり男であり、生活力があるだけであることが次第にわかってきます。彼も実は「痴人」だったのです。

暮らしの中にさまざま存在する文化・芸術・知識・教養・たしなみ・身だしなみ・志や尊いもの。そんなこんなの一切を否定して、主人公たちはひたすら自らが感じる「美しさ」だけの世界に恍惚となり、すべてを忘れ、すべてを捨てて篭城します。

正直、読んでいてナオミに対して次第に腹を立てる自分がいる。それに溺れてゆく譲治が情けなく。しかし、譲治はもしかしたら私自身の弱さの象徴なのかも知れない。私が彼と同じ生い立ちを過ごした時、譲治にならないと言い切れるのだろうか?

正気と狂気の狭間を行き来し、知性を思考しつつ性に落ちてゆく譲治。読み終えたのは午前3時近くでした。

よく周りの人から、そういう生き方をしてると息苦しいというか、大変でしょう?と言われます。本人はそうでもないのですが、実は自身の内部では、譲治になるまいとの激しい葛藤、「戦い」が日々続いているのでしょう?

その戦いの狼煙の煙や漏れ匂う火薬の匂いに、周りの人たちは私の中の緊張感を感じ取るのでしょう。

戦い続けなければ、堕落するのみ。私はそういう弱い人間の一人なのです。

痴人の愛 (新潮文庫)
谷崎 潤一郎

おすすめ平均:4.5
5ナオミ
3現実はそんなに甘くない
5バカは死んでも治らない
5読みやすい
4精神的な性世界

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