オリエンタリズム エドワード・サイード著

2011年3月24日 00:18 | Books

この書籍はエドワード・サイードによって1978年に著され、思考様式として再定義された「オリエンタリズム」と、そこから確立した「ポストコロニアル理論」について書かれています。

oriental.gif私たち日本人にとって「オリエンタル」と言えば、漠然と私たちの住む極東を指して「東洋」とか、あるいはカレーを思い出す方もいらっしゃるかもしれません。(^_^;)

一方、ヨーロッパ人(非セム族)にとっての「オリエンタル」とは、十字軍以降征服すべき対象であり、「イスラム教」という邪教により進歩もなく平和も論理もない砂漠を含む一帯に住む進化しない部族社会をさし、またそれらは征服されるべき民族(セム族)を差します。

かつておかしくなってしまった「NOVA」のCMに、宇宙人が出てきて「異文化コミュニケーション」なんてやってましたが、ヨーロッパ人という進化を続ける宇宙人にとって、エジプトからインドに繋がる一帯とそこに住む未開の人々は、征服し教育することによって幸せにさせるべき人たちでした。

そういう帝国主義的、あるいは植民地主義的なエネルギーによって発達した「オリエンタリズム」は、18~19世紀の英仏の覇権争いでピークを迎え、そして20世紀の合衆国の台頭により、統一的な学問体系から政治や経済の実用知識としての「地域研究」へと変貌してゆきます。

それは独断と偏見に満ちてはいたものの、また静止しているとはいえ一応形としてオリエントを捉えていた(しかし誤った)学問から、単なる数字や文字の情報へと置き換えられます。

9.11が起こったとき、私たちがよく耳にしたジハード(聖戦)。しかしこれは何世紀も前から非セム族の人たちを最も怖がらせ、モハメドを罵倒する根底にある黒きエネルギーだったのです。

アカデミー賞を総なめにした「アラビアのロレンス」の主人公も、その歪曲した「オリエンタリズム」の周回軌道から逃れることは出来ませんでした。

第二次大戦以降はこれにシオニズムも加わり、またアラブ山脈の向こうには共産主義資本が見え隠れするという、かなりややこしい状況が続きました。

そういう西洋人の「オリエンタリズム」の実態もさることながら、自ら文明人と名乗る民族によって一方的に研究・分析された対象物でしかないアラブ諸国とアラブの人々。

量子力学で有名な「シュレーディンガーの猫」のパラドクスは、こうした民俗学にも当てはまりはしないのでしょうか?

一方で、本当に西洋やアメリカ、そして西洋化を追い続ける我々日本人や、GDPで日本を抜いた緩やかな市場主義に変貌を遂げようとする隣の大国である中国は、真に幸福な時代へと突き進んでいるのでしょうか?

noa.jpegのサムネール画像バッハから続く音楽の歴史は19世紀以降、進化していないのではないか?絵画で言えばゴッホ以降とか・・・。本当に人間そのものが、あの頃以降進化しているとはどうしても思えない。

「私たちの幸せ」とは一体何なのか?私たちはどこに向かうべきなのか?

この船は、一体どこに向かって突き進んでいるのか?「トモローランド」なのか?それとも流れが途切れる瀑布なのか?

難解な数百ページを読み終え、混沌とした思考の中で、ふとそんなことを思いました。

BGMはマーラーの1番です。

 

オリエンタリズム
エドワード・W. サイード, 今沢 紀子

平凡社
1986-10
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