2004.09.04
ヘクトル・ベルリオーズ 幻想交響曲作品14(1830年
私事でそれはそれは恐縮なんですが、かつて若かりし頃(いつの頃だ?)とある一人の女性の事を思って眠れぬ夜をいく晩も過ごした事がありました。(K.Y.さん、元気ですか?)あしかけ6年にも及んだこのはかなき恋は、当然実るはずもなく、使われることもなくそのまま送り返されてきたアパートの合鍵とともに、今も北小金の関東ローム深く埋もれていることでしょう。
話はさかのぼること170年ほど前、作曲家ベルリオーズがあるシェークスピア女優に恋焦がれ、叶わぬ思いを詫して作られたのが、この「幻想交響曲」です。スコアの冒頭には、「恋に狂い、人生に飽きた芸術家が、阿片を飲んで自殺を図る。だが致死量には達せず、重苦しい眠りの中でつぎつぎと異常な夢を見る。そしてその幻想の中で、「固定観念」という恋人の旋律が、あらゆる場面に現れる」とあります。そんな彼の熱い思いは、「標題音楽」のはしりとして熱狂を持って当時の人々に受け入れられ、この曲によって名声を博した彼は、ついに恋の矢を射止めることに成功したのです。(後に別れてしまったそうですが・・・)
5つの楽章はそれぞれ、「夢と情熱」「舞踏会」「野の風景」「断頭台への行進」「ワルプルギスの夜の夢」と名付けられており、物語とともにその情景あるいはかなわぬ恋に身をやつす青年の熱く苦しい胸のうちとシンクロナイズする手助けとなっています。また、この曲は当時としてはめずらしく、誰かしかパトロンの注文で作曲されたのではなく、彼が自発的に作ったもので、(恋の苦しみから逃れるため?それほどまでに苦しかったのか?)ロマン派の先陣を切ることになったのです。
かなわぬ恋に身をやつしているあなた、どうです、一曲作ってみては?
[CD聞いてみてちょ!]
■ミュンシュ指揮 パリ管弦楽団
音の生々しさがそのまま、主人公の心をリアルに伝え、スピード感、緊張感、デリカシーと3拍子そろった名盤でしょう。特に第一楽章の名人芸が折り重なるようにつづられる心のひだ模様は、絶対スコアどおりではないと思われるタイミングで、自立的な心臓の鼓動が連れ去られるような気分になります。環境音楽として聞くならばややグロテスクな気もしますが、19世紀の恋する青年の熱い思いは確実に伝わります。この生々しさは、CD化にあたりEMIのエンジニアが果たした役割も大きいですね!ちなみに私が最初に買ったクラシックのLP(!)はこれでした。第3楽章がA面の最後でフェイドアウトし、B面の頭でフェイドインしてくるというとんでもないアルバムでしたが・・・
1967年10月録音 TOCE-59008
■カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
威風堂々たるベルリンフィルの「幻想」です。緻密で重厚なサウンドは、このコンビの品質確保。ミュンシュ・パリ管ほどのグロテスクな生々しさを求めないのであれば、美しく朗々と恋の行方を語ってくれる一枚です。相変わらず朝もやのように、ベルリンフィル独特の淡いベールがかかっていて、これをよしとするかどうかでしょうねぇ?やはり、彼らが演奏すると、ドイツ訛りが気にはなります。カラヤンファンにはもちろんお勧めです。
1972年録音 429511-2
■デュトワ指揮 モントリオール交響楽団
透明で緻密、情念を廃し知性で構築された「幻想」物語を奏でているのがこのアルバムです。あきらかにフランス趣味でありながら、都会的であり、そして単になじみやすいメロディを積み重ねただけに終わっていないところがとても素敵なのです。自ら「一点の濁りもない音を目指す」というデュトワと、若手で構成された「世界最高のフランス的オーケストラ」と称されるモントリの組み合わせ。ワンテンポ、一音にもこだわったような音の積み重なった50数分。昼下がりの代官山で味わう、ライトフレンチに潜んでいた意外な味わいを楽しめる、そんな一枚ではないでしょうか?ミュンシュがシャトー・ムートンロートシルト 82年物の赤だとしたら、こちらはブルゴーニュ・オート・コート・ド・ニュイ・ブラン 99年物の白。今夜のお料理にあわせてお選びください。
1984年5月録音 F00L-23043