2004.09.14
グスタフ・マーラー 交響曲第5番 変ハ短調(1902年)
名曲ぞろいの第5交響曲、今日は我が愛するマーラーの5番をご紹介します。というか、私がマーラーファンになったのがこの曲であり、また私をここまでのクラシックの悪の道に引きずり込んだ張本人がこの曲でした。巷でもマーラーといえばこの5番と「大地の歌」と言われますが、これはひとえに、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」の全編を通して流れる第3楽章アダージェットのせいもあり、また一時クラシック界だけでなく軽音楽のお好きな方をも巻き込んだ「アダージョ・ブーム」のせいなのかは定かではありませんが、来日するオケの演奏項目の中でも1、2を争うのがこの5番でした。(最近は、私同様、若干変化してきているようですが・・・)
実は私がこの曲を聴いたのはそんなブームとは関係のないところで、ある日耳にした第一楽章のトランペットのソロに始まる葬送行進曲に引きづられて今日まできてしまったのです。で、肝心のアダージョの美しさは全くもって気がついていませんでした。私の場合は、CDなるものが出始めた20年ほど前、眠れぬ夜更けに愛車を引っ張り出し、峠のワインディングロードをBGMなしでさんざん駆け回ったあと、うっすら明け始めた朝もやの海を見ながら、カセットに取ったこの曲の第一楽章を紫の煙の中で聞いていたのです。
私の話はこの辺にして、第5交響曲です。この曲に関する諸説はいろいろあると思いますが、私なりの偏見だけのお話を。客観性は皆無なのでご容赦ください。以前お話した第4交響曲を作ってすぐ、マーラーはこの曲に取り掛かります。ちょうど世紀が変わるころ、そしてマーラー自身は、彼とともに語り継がれるアルマとの結婚生活に入った時期でした。有名な画家クリムトに求婚されたこともあるアルマとの、出会いから結婚という人生における大きな転換期でもあり、またひとつの目標でもあるベートーベン第5と同じ番号の曲を作るにあたって、マーラーの心中やいかなるものだったのか。「ベートーベンを超えなければいけない、いや自分なら超えることができる。しかしどのようにして・・・。」幸いにして彼には世紀末という交響曲自体の転換期という強い味方がおり、またアルマという自己のエネルギーの炎に油を注ぐ対象が生まれ、彼女の取り巻きであるウィーン分離派の面々との精神的な対峙もあり、そしてなによりも才女の誉れであるアルマを射落とすために振舞った彼の行動は、彼の持つユダヤ性=女性を乗り越える普遍的な強さであり、また彼女に対する強い意思=愛であり、歴史と伝統に対する彼独特のアイロニーを含んだ、しかし正々堂々とした挑戦状、それがこの第5交響曲だったのではないでしょうか?
感傷的なユーゲントシュティール風のアダージョ楽章は第4楽章ですが、実際この曲は第1、2楽章による第一部、第2楽章による第2部、第4、5楽章による第3部という3部形式となっており、第4楽章は終楽章への序曲なのです。そしてこの終楽章に現れるブルックナー風のコラールも、実は拮抗するアルマとの論説を乗り越えたアイロニーが仕込まれ、かつてベートーベンが実現した「苦悩から栄光へ」をひっそりほくそえみながらパロディ化し、しかも表面はしっかりと形式を守りとおしているかに見えます。この男性性=形式、伝統と女性性=パロディやアイロニィ、引用や突発という対立の構図は、マーラーの音楽そのものであり、その構図が最もバランスよく成立しているがゆえに、彼は運命交響曲を超えたという自信を持ったのではないでしょうか?
[CD聞いてみてちょ!]
■マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
実は例のCD出始めの頃買ったのがこれでした。ウィーンフィル独特のサウンドにのったどちらかといえば近代的で感情移入のない知的でクールな演奏は、当時の私にベートーベンの第5を想起させる力はありませんでした。(私自身の未熟さも当然あったのですが・・・)この曲を悲しく美しいシンフォニーとしてお聞きになるにはお勧めの1枚だと思います。少なくとも私を夜更けのワインディングに連れ出す魔力はありました。
■バーンスタイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
前述のマゼールの指揮から5年後の同じオケでの録音ですが、はっきり言って全く違う曲想になっています。というか、まったくのバーンスタイン節であり、ある種マーラーそのものでもあります。彼のタクトに導かれたウィーンフィルは限りなく感傷的で、まるで背中で泣いてる浪花節の世界です。特に第4楽章はまるで「ベニスに死す」を実体験しているようなリアリティがあり、前編を通してバーンスタインの魂のこもった曲になっています。ただ、あまりにも強烈な二人の個性の相乗効果に、マーラー初心者は少し戸惑うかも。そんなかたは、生涯のマーラーぎらいにならないためにも、マゼールで少々初心者運転の後がよいかもしれません。
■レヴァイン指揮 フィラデルフィア管弦楽団
レヴァインといえばメトのオペラと来る方は、相当のオペラマニアのかた。今日はなんとマーラーです。しかも声楽のない5番ですぞー!!いやーこれがまたなかなかなのです。バーンスタインのように変に感情移入せず、フィラデルフィアという玄人集団の名人芸を披露しつつ、スコアに忠実にしかし、彼の持つ知的な美学をちりばめた素晴らしい演奏になっています。これも初級の方にもお勧めできる1枚だと思います。