2004.10.14

CLASSICS

ピョートル・チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調 作品64(1888年)

久しぶりの5番シリーズの第4回目、今日はチャイコフスキーです。実は彼の「運命交響曲」はこの曲ではなく、その前の第4交響曲だと言われています。第4交響曲を作曲した1977年当時、有名なフォン・メック未亡人からの支援を受けることになり、経済的な心配をしないで作曲に専念できるようになりました。ところが同じ頃彼は、アントニーナ・ミリューコヴァという(写真で見る限りとてもチャーミングな)女性から強引な求婚を受け、結婚はするものの式から20 日後には「殺人的な心理的葛藤からの逃避行」に出てしまいます。その後、凍てつくモスクワ川に入って自殺を図るなど、その結婚は惨憺たる結果に終わります。そんな霹靂の季節に彼が自らの運命に向かって作曲したのが第4交響曲だったのです。

ああ、でも今回は第5ですよね。で、第5です。前作でベートーベンを意識したと言われていましたが、この曲に取り組む頃には、不幸な結婚の傷もほぼ癒え、創作に対する意欲も高くなっていました。そして、ベートーベンに代表される主題労作中心の音楽ではなく、彼本来のもつロシア的センチメンタリズムに溢れた旋律が、「西洋かぶれ」したとも言われるモーツァルトの流動的な旋律性への憧れと絡まりあい、繊細な哀愁から激情の奔流の綴れ織り、いわば最も彼らしい交響曲がこの5番ではないかと思うのです。

クラリネットによる弱弱しく暗澹とした「運命」主題から始まるこの曲は、続いてポーランド民謡から採られたといわれるクラリネットとファゴットがオクターブで奏でる暗く美しい第一主題となります。このあたりまでくれば、もうこの曲がまごうことなく彼の手によるものであることに気づくはずです。第3楽章は通例のスケツォではなく華麗で幻想的なワルツを用いているあたりは、「白鳥の湖」他数々の傑作バレエ音楽を世に送り出した彼の真骨頂です。

終始センチメンタリズムに包まれたこの曲も、やはりひとつの「運命交響曲」として最後には第一主題の最強奏で閉じられ、悲哀に対するピリオドが表現されています。

〔CD聞いてみてちょ〕
ストコフスキー指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(1966年)
「天国に行ったらチャイコフスキーに礼を言わなくっちゃ」生前のストコフスキーはよくそんなことを言っていたそうです。実はこの演奏、終始デフォルメだらけなのです。作曲者独特のしつこいほどの繰り返しは省略するわ、総休止は無視するわ、楽譜にはないものすごーいグリッサンドをつけてみたり。だからこそ、いや彼だからこそ、どの指揮者やオケの組み合わせよりもチャイコフスキーらしく聞こえてくるのかもしれません。ある知人が「チャイコの5番が好きなやつはスケベだ!」と言っていました。根拠のないアジテーションかもしれませんが、私のようなフツーの感性しか持ち合わせない人間がこの演奏を聴けば、ほぼ間違いなくこの曲が好きになるはずです。フツーの人って、スケベですよね○○さん!?

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