2005.09.18
メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64(1844年)
一週間ぶりのクラシック投稿です。今日は前回のベートーベンに引き続き、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のお話です。貧しい中で育ったという一般的な音楽家像とは異なり、父親を裕福な銀行家、祖父は哲学者カントと懸賞論文を争った秀才というメンデルスゾーンは、文化的にも金銭的にも恵まれた環境で育ち一生を送った数少ない一人です。これは彼の作風にも大きく影響しており、彼の1年後に生まれたシューマンの熱情的で不安定な音楽とは異なる、どちらかといえば古典的な、均整の取れた曲作りが特徴となっています。12歳でゲーテに引き合わされた際「神童モーツアルト」に比類するといわれ、17歳にして有名なシュークスピアの「真夏の夜の夢」序曲を完成した彼ですが、音楽家としてはいろいろと苦労を重ねます。そして晩年の幸福な時代、39歳にして書き上げたのがこの協奏曲でした。
協奏曲の原型は実はオペラなのです。歌劇場のステージでオーケストラをバックに愛を命を切々と歌うソプラノ歌手、それがヴァイオリン協奏曲です。それで曲の構成は「総奏(テュッティ)」と「詠唱(アリア)」ということになり、オーケストラはひたすら伴奏をするということになるのですが、これを独奏楽器と管弦楽が対等に渡り合う形式に昇華したのが前回ご紹介したベートーベンでした。アリアといえば「G線上のアリア」ならぬヴァイオリンのG線の響きもさることながら、AやEという高音の弦の鳴り切った時の美しさは、もはや言葉では表現できないものがあります。そんなソプラノ楽器としてのヴァイオリンの美しい音色を知り尽くしていたメンデルスゾーンが、彼の人生における至福のときに書かれたこの曲は、正直私的にはこの世で最も美しい楽曲のひとつに数えています。
第一楽章、通常ならばオケの演奏から始まる序章がなく、いきなり始まるヴァイオリンによる第一主題は、皆さんもどこかで耳にしたことのある美しいメロディ。続く第二主題はG線でオケと対峙した後、美しい高音の響きへと聞く人をいざないます。再現部の前に現れるカデンツァは、楽譜にきっちりと書かれていたり、3つの楽章が切れ間なく続けて演奏されるよう指示されていたり、当時としては革新的な手法も盛り込まれています。ソナタとはまた異なる、オケとの逢瀬のような至福の30分。たまにはメロドラマに涙してみませんか?夢見る人、恋する女性にもお勧めの、美しい曲です。彼はこの3年後にこの世を去ることになります。
〔CD聞いてみてちょ〕
■チョン・キョンファ(Vn)デュトワ指揮モントリオール交響楽団(1981)
1948年生まれの彼女の33歳の時の円熟の演奏。彼女の一途な情熱を込めたタイトな緊張感が、最初から最後まで切れ間なく続きます。デュトワがその緊張感をほぐすような柔らかなタクトで、彼女のせつない響きを大きく優しく包みます。地球という青い星に生まれ、一途にその思いをつづりながら生きる乙女の生涯を垣間見るような、美しくもはかないショートストーリー。メンデルスゾーン作「世界の中心で、愛を叫ぶ」(?)
■アンネ・ゾフィー・ムター(Vn) カラヤン指揮ベルリンフィル(1980)
カラヤンの秘蔵っ子、ムターの弱冠17歳の名演。カラヤンといえば将来有望と思しき若手の育成でも有名ですが、彼女は13歳にしてベルリン・フィルのソリストとして大抜擢、若さゆえの未熟な解釈も見受けられますが、天才的な技巧とストラビヴァリウスを完全に鳴らし切った時のその音色は、若さゆえの危うい美しさも加わり、この曲にまた違った華やかさを添えています。カラヤンの指揮も、彼女を、そして彼女から溢れ出る若き情熱をしっかりと受け止め、ヴァイオリンと一体となった名演を聞かせてくれます。「世中」としてはこちらのほうが同世代???一般的な演奏の美しさという意味では、初めてこの曲を聴いてみたい方には、こちらのアルバムのほうがお勧めかも。