2006.07.11

Books

「2元論から見たぼく、もしくはわたし」

スプートニクの恋人 村上春樹

今日は午前中から「ぐっしょり」疲れました。えっ? 「ぐったり」じゃないのかって? ええ、ぐっしょりで、ぐったりです。午前中、お客さまを訪問させていただいたのですが、車のエアコンが不調、というか全く効かない。ときどきそんな症状が出るのですが、ディーラーで調べてもらっても原因不明。で、今日はどんよりと曇ってはいたものの、気温は30度を超え、噴出し口からはサハラを渡る赤き獅子のような熱風が、狙いすましたかのように吹き出してくる・・・途中、いろいろといじっては見たものの、一向に治る気配はない。そんなこんなで数十キロの往復路をサウナ状態で移動し、汗でぐっしょり、意識は朦朧。もしかしたらコンテナに寿司詰めで亡命を試みた亡国難民の苦痛を、1万分の一くらいは味わえたのかもしれません。そんなことで、午前中からぐったりのトホホ者。それでも、午後から2件のお客様を訪問。途中、エアコンの機嫌も直り、なんとか無事一日を終えることが出来ました。

今日は2元論のお話など。そもそも世の複雑系を単純化・公理化するという科学の世界では、ずっと試みられてきたことですが、特に最近になってデジタル社会と言われるようになると、「ゼロかイチ」かという単純な図式が結構世の中を支配するようになりました。「勝ち組か負け組み」「一か八か」とか「正義か悪か」とか・・・女性の言葉によくありますよねぇ「ねえねえ、どっちなのよ・・・」って。

もちろん、世の中そんなに単純じゃないし、人間なんてそもそもファジーであいまいな動物。ですが、物事を究極まで単純化してゆくと、結構その辺に落ち着いてゆきます。つまり「正しく1」か「正しくゼロ」と言う世界。まあ総体としての世の中や人の心を、瞬間の判断で「ゼロかイチか」に分類することは、我々凡人には現実的には不可能なのですが・・・

で、何故2元論なんなのかというと、昨日読んだ「スプートニクの恋人」の根底を流れているのが、この2元論なのです。以前紹介した同じ著者の「ノルウェイの森」でも、「喪失と再生」「生と死」「正気と狂気」という構図の中で物語が進行しましたが、今日の物語はもうちょっと浅く、かつ難解です。今回の構図は人の持つ「2元論」もしくは「2面性」の間で繰り広げられる。「人の2面性」とは、裏と表なんていうよくある話から、「ジキルとハイド」「ルークとダースベイダー」という精神の根源に根ざすものまでいろいろあるわけですが。

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主人公の「僕」は、小学校の先生。生徒の母親と不倫しながら、いわば俗っぽく表にいる。一風変わった友人の小説家志望の「すみれ」は、裏側というよりもしかすると僕自身の裏側かもしれない。そんなすみれが「広い野原を横切っている時に突然、中くらいの稲妻に打たれたみたいに」「ほとんど反射的と言ってもいいくらい素早く」恋に落ちた同性の相手「ミュウ」は、実は14年前から裏側にいた。すみれも稲妻に打たれたことによって突然表の者となる。そして本当は本人以外見ることも触れることのできない表側の「ミュウ」に恋をしてしまった「すみれ」は、この表と裏を隔てる真っ白い壁に穿たれた目に見えないほどの小さな穴から、向こう側に落ち込んでしまう。「僕」も一瞬、その見えないドアノブに手をかけ、向こう側を垣間見てしまったことで、逆に「すみれ」は「僕」から剥がれ落ち、「僕」の「すみれ」への想いが何なのかをしっかりと認識するようになる・・・

人は人工衛星、一人で自らの軌道を回っている。スプートニクの窓から見える悲しい目をした一匹の犬のように。そして時折、別の人口衛星と近づいては、また離れてゆく。まるでタクシーの僕とジャグアーのミュウのように・・・

「もうとくに急ぐ必要はないのだ。ぼくには準備ができている。ぼくはどこにでも行くことができる。」

まあ、とにかく読んでみてください。でも村上の文体って、プルーストに似てるよなぁ〜、そう思いませんか?

で、今夜のBGMはマイルスではなく、前記の小説から。「すみれ」と「ミュウ」がローマ滞在中にコンサートで聴いたというフランツ・リストのピアノ協奏曲第一番変ホ長調です。「ピアノの父」ショパンの友人でもあったリスト。彩色兼備のマリー・グヌー伯爵夫人と駆け落ちし、その間に生まれたのが後にワグナーと結婚するコージマであることは知る人ぞ知るお話。そんな彼が38歳の時の作ったコンチェルトがこの第一番です。パガニーニに影響されたと言う「ピアノの王者」リストの作ったこの曲は、技巧を凝らした華やかさと同時に、彼のロマンチシズムの溢れる美しい作品です。切れ間なく演奏される3楽章、ソロパートでは美しくも、巨匠らしく浪々と謳い、またオケとも堂々と渡り合います。ピアノはすみれたちが聴いたのと同じアルゲリッチ。指揮はシノーポリではなくアバドですが・・・村上ファンにはラフマニノフよりこちらかな?

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