2007.05.19
一枚の絵画・・・「近代芸術の予感」
「ラヌッチオ・ファルネーゼ」 ティツィアーノ・ヴェチェリオ (1542)
久しぶりの絵画です。今日はイタリア・ルネッサンスの巨匠、ティツィアーノをご紹介します。以前ご紹介したベリーニの工房にもいたことのあるティツィアーノは、この後の西洋絵画の歩むべき道を定めたと言っても過言ではありません。彼をもってして初めて、絵画は鑑賞の中で見るものに新しい次元を提供することに成功するのです。これは、現在の私たちが美術館を訪れて当たり前にしていることなのですが、真の鑑賞作品としての絵画は、ルネサンスから、そしてティツィアーノから始まったのです。
今日ご紹介する「ラヌッチオ・ファルネーゼ」。この絵に描かれた少年は、教皇パウルス4世の孫に当たり、この絵が描かれた当時、エルサレムの聖ヨハネ騎士団の主席の地位にいました。この作品には、少年の子供らしさとともに一方で少年自身が持つ責任のようなものを、父親のように優しく見つめる目で描かれています。
暗闇の中から浮かび上がるようなあどけない少年は、気恥ずかしげに私たちとは視線を合わせません。絵の中でひろい面積を占める少年のサテンの赤と金のチュニック、それに刻まれた深紅色の切れ込み模様は、少年の傷つきやすさを私たちに伝えてきます。右手に握り締められた手袋は、その引き締まった口元と共に、恐れを知らず、しかしながら守られてもなく、これからの人生の重荷をになう準備をしているようです。
ティツィアーノの現実への洞察力と、その卓越した表現力がすべてを包む暗闇に浮かび上がらせる少年の絵は、無限の美しさと同時に絵画芸術のあるべき姿を示唆しています。