2008.04.17

COLUMN

「三位一体」

今日も朝から3時までジキル業。帰社して事務処理やら制作スタッフ会議参加やら。「スーパー早業お仕事ガンバレ」で、なんとなくそこそこは身の回りも片付き、定時とはいきませんでしたが、今日は早めに退社いたしました。

明日は大勢の方の前で挨拶があります。台本は・・・なし。例のやつです。そう、あの有名な・・・「出たとこ勝負」。

まあ、思いといいますか、気持ちを伝えるのに、多くの言葉は必要ないかと・・・。うまい言い訳でしょ!(大丈夫かなぁ・・・)

さて昨日振りました「三位一体」について。

「三位一体」の意味は、説明するまでもないと思いますが、よくわからない方はWikipediaででも調べてみてください。要するに、キリスト教ローマ・カトリック教会の中心的な教義で、「父である神」と「神の子イエス」と「神から使わされた精霊」は、それぞれ独立していながら不可分の、神性をもった尊い存在であるという「宗教用語」です。

で、何年か前に皆さんは、別のところでこの言葉をお聞きになったはず。そうです、かの小泉内閣時代に、聖域なき構造改革の目玉として掲げられた小さな政府論。その具体策として出された「国庫補助負担金の廃止・縮減」「税財源の移譲」「地方交付税の一体的な見直し」の3つを「三位一体の改革」などと安易に命名していたのです。

まあ、霞ヶ関かどっかのシンクタンクか、もしかすると側近の一個人の発想かもしれませんが、ニュースか何かでこの言葉を聞いたとき、いくら「聖域なき」という接頭語付きはいえ、国家政府が簡単に使っていいのかと思ったものです。

で、某会の今年の実施計画の第一項、「三位一体の・・・」あーやっちゃった・・・。なんでも、「経営指針」と「社員教育」と「共同求人」の取り組みを「三位一体」で、と言うことらしいのですが・・・。

二つなら恐らく「車の両輪」とか言ったのでしょうが、3つとなると「三輪車」と言うわけにはいかない。違う意味にとる人も出ますし・・・。(爆)

でも実際、すべての会員さんに、この3つが必須でもないわけです。それも承知の上で、かの宗教観なき某国政府と同じく、単に「3つで一つ」的な発想での「みんなで渡れば怖くない」的な安易な使用は、本当にいかがなものでしょうか?

重箱の隅突きみたいに、いちいちそんな言葉尻をとらえてどうする?というお叱りをいただくかもしれませんが、全国に4万人の会員を擁する立派な圧力団体になろうとしている組織が、かつて政府が使ってたからといって、さてさてどうなんでしょうね?

いや、お前、そんなことより、明日の挨拶の内容でも考えろ!そ、そうですね・・・寝ながら、朝までには考えます。明日は、よろしくお願いいたします。

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「聖三位一体の礼拝」 アルブレヒト・デューラー

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