2011.11.01
邦題:名もなく貧しく美しく
終戦直後の東京を舞台に、耳の聞こえない夫婦の生き様を実話に基づいて描いたドラマ。若き小林桂樹と高峰秀子が主演、昭和36年の作品。799本目の映画投稿です。
竜光寺に嫁に来た秋子(高峰秀子)は、しゃべることは出来るけれど耳の聞こえないろう者でした。空襲の激しくなった昭和20年6月、秋子は戦災孤児のアキラを拾って帰りますが、彼女の留守中にアキラは里子に出され、夫と死別した秋子は離縁されて実家に戻ってきます。
母親のたま(原泉)は彼女を歓迎しますが、姉の信子(草笛光子)や弟の弘一(沼田曜一)にとっては、ただでさえ苦しい生活に拍車をかけるようなもの。
ある日、ろう学校の同窓会に参加した秋子は、受付をしていたろうあ者の片山道夫(小林桂樹)に声をかけられます。道夫から求婚された秋子は、迷った挙句とうとう彼との再婚を決断します。
つつましく助け合って生きる二人に、健康な子供が授かります。しかし、二人ともが耳が聞こえないことが原因の事故で、幼い子供を亡くしてしまいます。
姉信子は家を飛び出し、ぐれた弟の弘一は金欲しさに家を売り飛ばし、住む場所のなくなった母たまは秋子夫婦を頼って家を訪ねてきます。
二人、特に夫の道夫は快く妻の母を受け入れます。そして二人の間に2人目の子供が授かり、母に買ってもらったミシンを使って、秋子は縫い物の内職を始めます。
戦争末期から終戦、戦後の混乱期を生きたろう者とろうあ者の夫婦の物語です。最初から最後まで、健常者ではない二人が苦労に苦労を重ねながら懸命に生きる姿が描かれています。
高嶺秀子の演技がとにかく素晴らしい。そして彼女の微妙な心象の変化と表情を撮りきった監督松山善三の愛情に溢れたカメラワークも素晴らしい。
何もない時代から、高度成長期に差し掛かり、一家の生活も次第に貧しさから抜け出しはしますが、それは彼らの生き方の問題というよりは時代の変化でしかありません。
金のためや名誉のために生きる生き方もありますが、親からさずかった「生」に対して、ひたすら正しい心を持って生きることの潔さ、清々しさ。
二人だけの会話のシーンも結構多くて、つまりは手話と字幕とBGMでシーンが進むのですが、相手に対してどれだけ誠意を持って心を開き、自分の考えや思いを伝えることが大切なことなのかを、この作品はしっかりと教えてくれます。
カメラワークもよく、登場人物の演技も素晴らしく、モノクロとBGMの影響もあり、なんだかフランス映画を観ているような錯覚に陥ってしまいます。
電車の車両越しの二人の会話のシーンには、やはりおじさん、うるうるしてしまいます。
有名になり金持ちになり豊かに暮らせればそれに越したことはないでしょう。しかしまず人は、たとえ「名もなく貧し」かろうとも誠実に、また自分自身に誇りを持って生きることの大切さを教えてくれるいい映画です。
出演:高峰秀子,小林桂樹,島津雅彦,王田秀夫,原泉,草笛光子,沼田曜一,松本染升,荒木道子,根岸明美
監督・脚本:松山善三 1961年
BOSS的には・・・★★★★☆
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